Babi
幼少よりピアノを通じて音楽に触れ、音楽大学に学ぶという経歴は、アカデミックな分野における エリートをイメージするに十分かもしれないが(実際それも否めなくはない)、Babiにとっての音楽 理論や技巧 / 技術は、観測結果を具体化するために用いられる探査機や各種ツール、もしくは その過程を生き抜くためのサヴァイヴァル・キットのように見える。別次元の事象や概念を記録す るための言語体系のようでもある。フィールド・レコーディングの運用や、“植物学”とした前作の表 題からも伺えるように、Babiの音楽には博物学的な視点が内包されているのではなかろうか。我 が子のヴォイスをサンプリングするという行為にすらそれが感じられるというのは些か冷徹に思 えるかもしれないが、博物学が持つ学術的な側面と、愛情やファンタジーは矛盾しない。南方熊 楠しかり、ヴォイニッチ手稿のような偽書(?)しかり(Babiと渡邉竜也による2014年のエキシビ ション「uffufucucuの図形楽譜展」は、フェルドマンや武満のグラフィック・スコアよりもむしろヴォイ ニッチ手稿のグルーヴを想起させた)。好奇心ドリヴンの観察 / 観測に伴う現実と、そこから立ち 上がる愛情や魔法じみた世界は、並行世界でもなく同時に存在しているのだ。 その強度や輪郭の明瞭さがこの10年で大いに増していることは、前作『Botanical』(2013, uffufucucu | noble)と比較せずとも、聴者には手に取るように伝わっているだろう。要因のひとつ は音響のイマーシヴな立体感にあると思う。映像的に言えばフォトリアルな質感を音が伴うこと で、ファンタジーの世界......例えばロココ時代のサロン・カルチャーやオリエント趨向の壮麗な美 術様式(帝国主義をはじめ心して顧みなければならない史実を含むが、わたしたちにとっては主 に視覚的に、ある種のファンタジックな領域でもある)......と現在 / 現実の境界を曖昧にしてい る。前作以上に目まぐるしく起伏に富んだ展開は、そのディティールやストーリーを強調すると同 時に、現在 / 現実がダイレクトに反映されていることをも窺わせる。Babiにとっての現実とは、出 産 / 育児の真只中にある現在の状況にほかならない。かつて思い描いた未来の何かを、不確定 要素の塊を前に“ふきこぼす”(シングル『Ocean child carnival』より)経験は、育児の有無やジェ ンダーを問わず、誰しもが持っているのではないだろうか(と信じたい)。“未来の何か”が育児そ れ自体であったとしてもだ。ことに子を持つ女性は、“母性”という根拠のない社会的な概念に小 突かれる傾向にある。Babiのようなクリエイティヴィティであればなおさら、“ふきこぼす”度合が ブーストされるであろうことは想像に難くない。その上で、セクシャルなイメージ故に女性が愛でる ことはタブー視されてきた蘭を好んだというハノーヴァー朝第6代女王を引くあたり、このアルバム はフェミニズムの要素を多分に含んでいる。過去に想像した自身の姿との乖離が大きくなってゆ くのを感じ、孤独感に苛まれ、涙をこぼし、身体のコントロールを奪われる日もあり、守るべき子 供に実は守られているのだと気付く。そこにはマスキュリニティに抵抗するための力という以上の タフさ(と表裏一体の弱さ)がある。まるで、Babiが要所要所でイメージとして用いる虎のようだ(こ のアルバムのカヴァーにも登場するが、画家・山口洋佑のタッチと相まって、少し弱気な表情を湛 えているように見える)。Babiに訪れた現実を聴者が突き付けられるとき、そのあまりの生々しさ がファンタジーの解像度を上げる結果に繋がるという構造は、稀に見る驚異と言わざるを得な い。のみならず、このサヴァイヴァル・キットを携えての探索をつぶさに記録した私的(詩的)博物 誌としての機能も有したマスターピースと言うべき全体像となっている。そのピースのひとつひと つに、豪華演奏陣やエンジニアの卓越した表現力が宿っていることも言わずもがなである。 ここまで長々と駄文を書き連ねてきたものの、実は故・坂本龍一が2012年の1stアルバム『6色の 鬣とリズミカル』(uffufucucu | MY BEST! RECORDS)に際して寄せたコメントに本質は集約され ている。同作から10余年、Babi自身や環境は大きく変容したものの、そのクリエイティヴにおける 根幹は変えずにディフェンドしてきた証明ともなる一文だ。追悼の意も込めて、ここで改めて引用 したい。「まるでオモチャ箱を開いたかのような音が聞くものの想像力を刺激し、そのサウンド・デ ザインの裏にはしっかりとした音楽理論と感性が織り交ぜられている。ドリーミーな印象を受ける 楽曲群だが、実はおもちゃ箱の奥に潜む影と現実世界を表現したびっくり箱の様な作品!」 (文: 久保田千史)
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Special comment
「花降る日」へ向けてコメントをいただきました。
Babiと初めて会ったのは、昭和音楽大学作曲科サウンドプロデュースの勤務2年目の時でした。現在、音大にはクラシック音楽だけでなく、ジャズの講座やポピュラー音楽のコースがありますが、当時は正直言って手探り、教える側も学ぶ側も試行錯誤の繰り返しだったんです。Babiが新4年生に進級する時に、手描きの自己紹介、歌詞カードを添えて手焼きのCD-R(卒業制作用の候補曲)を渡してくれました。
しかしそこにあった音は、Babiから受けた印象とは違うと感じました。
作品を作る前にそう伝えると、意外な、そして当然の答えが返ってきました。そう思います。と。目に見えないルール、常識という既存の押し付けがあったのです。そこで一番気に入っている自作は?と、聞くと。
その作品は素晴らしいものでした。55秒の作品。必要にして十分な内容。
卒業後のことです。坂本龍一さんが二カ月に一度担当しているradiosakamotoを聴いていると、番組の名物コーナー、オーディションにその55秒の曲がかかったのです。それも絶賛の言葉も添えられて。
さらに坂本さんは、ご自分のこの番組の宣伝のための音楽を、Babiに依頼したのです。
Babiの世界はますます広く、深く、時には狭く、軽く続いています。この頃ふと思うのです。Babiの音楽って、音楽のオノパトぺじゃないかと。
音楽プロデューサー 牧村憲一
スカート 澤部 渡 さま
babiとの初めての出会いは10年前にCMをお願いした時です。
babiのファーストアルバムを聞いた時、そこにはフランスのクリンペライのような
ねじれの効いた独特な世界があり、印象的なCM音楽を一緒に作ってみたいという思いから本人にお願いして実現したものでした。
それから多くの音楽を一緒に作ってきましたが、いつもbabiの個性を失うことなく景色、匂い、風、などを感じることのできる独特な音楽を
作り続けてくれました。そして今回のアルバムはそのbabiの世界がさらにパワーアップしていて、1曲の中に色々な扉があって
それを開いて進むと見たことない景色、生き物?が広がっていてロールプレイングゲームの世界に入ったかのような気分を味わうことができました。
自分の知らない新たな世界の見方を知るという事は、人に大きな喜びを与える気がします。
いつも素敵な気分させてくれてありがとう。これからもたくさんの人の希望と喜びを膨らます音楽を作り続けてください!
株式会社 愛印
代表取締役 山田勝也 さま
目まぐるしくもやさしい、こんな手触りの音楽を私は今まで見たことも、嗅いだこともありません。babiさんの音楽は学生の頃に出会ったときから変わっていないとも言えるし、変わり続けているとも言えます。変わらないことがあるとしたら、いつだってbabiさんは最高、ということ!!!とにかく、これほどまでにやわらかく圧倒される31分、私は過去に一度も経験したことがありません。
美島豊明 さま
大学時代にCM音楽作曲を機会にプロとしての仕事を開始
大学卒業後シンセサイザーオペレーターの仕事を開始
1990年 鈴木惣一郎のバンドEverything Playに加入
1991年 自己の会社「有限会社ペンギンパワーミュージック」を設立
1994年 小山田圭吾ソロプロジェクトCorneliusに音楽プログラマー、エンジニア、アレンジャーとして参加
2008年 Cornelius「Sensuous + B-Side」がグラミー賞Best Surround Sound Albumにノミネート
2013年 Babi 1stAlbam『Botanical」マスタリングを担当
2016年 Inter FM『music is music』に収録、編集、ミニコーナー担当として参加
2019年 DAOKOのツアーに参加
2020年 浅岡雄也『ExtraRareBest』にアレンジャーとして参加
私の大好きな音楽家『Babi」の新譜が完成しました。
Corneliusのアルバム制作よりも頑張って手伝った(かもしれない)素敵な12曲です。
Babiさんを知ったのは坂本龍一さんのラジオ番組。そしてSNSを通じ偶然仲良くなることができ最初のアルバム制作を手伝いました。そのアルバムがきっかけで彼女の音楽家としてのキャリアが始まったのであればとても嬉しです。
2021年の初め頃にBabiさんから「アルバムを作りたい」と相談され、ほぼ1年かけて作り上げた作品です。コロナ禍だったのでほとんどがリーモート録音。貴重なレコーディング体験でした。
私のアレンジ担当曲は2曲ですが、新しい曲のデモが出来たら随時聴かせてもらいました。その都度気になる箇所をアドバイスしたり制作の進行状況を確認するのが私の主な仕事でした。
2021年の10月には完成してましたがリリース先を見つけるのに時間がかかってしまったようです。次は出来たらすぐに出そう!
教授も天国で喜んでくれてると思います。聴いてね!!!
漫画家 今井哲也 さま
Babiが参加しているトイピアノカルテットtoi toy toiで、今井哲也さん原作の「アリスと蔵六」の劇版の挿入歌を担当させていただいことから、Babiがすっかりアリスと蔵六の漫画にはまり、12曲目のcuddleをファンソングとして創作しました。完成曲をお送りしたところ、イラストを書き下ろしてくださいました。感無量で、そして、かわいい。有難うございます。
other comment coming soon...
誠屋 豊田泰孝 さま
Babiとは大学の同じコースの同期で、バンド組んだりしていたこともあったような。
まさか卒業後10年以上も経ってから、また音楽を一緒に作れると思っていなかったのでとても懐かしくもあり、楽しい時間だった。
今回の作品では、5曲ほどお手伝い。
僕は音楽は勿論だけれど、Babiの詩の世界が好きで、
迷いの中にいる日々や、不安定な心の事や、でもそれでも前に進もうとする意思や、身近な人(猫も?)たちとの日常や、
彼女の愛する僕が全く知る由もなかった世界の事や。
どれもが、愉快で、微笑ましく、彼女にしかない言葉と旋律と色彩で、優しく手を引いて、
そっと背中を押してくれる。
今作もそんな12曲!
多くの人に届きますように。
バビちゃんと出会ったのが15年前。
以前僕がやっていたコトリフィルムって 会社を立ち上げてすぐでした。
その頃彼女はまだ大学生だったけど、その作る音楽性に共感してそれからずっとコトリフィルムの世界観を音で表現して くれました。
当時から音から映像が飛び出してくるような音楽で、映像に音を付けてもらうととんでもなく世界が広がる。
だけど彼女の音楽に映像をつけるとなると! 簡単な事ではない。
そんな映像を音で表現してしまう彼女の音楽はひっくり返したおもちゃ箱がテトリスみたいにきれいにハマっていく
そんな不思議な心地よさを麦でている。
唯一無二の音楽家であるのは間違いない。
リリースおめでとう!
映像作家 島田 大介さま